ナデッチの南インドでなんとなく日記

海外行きたいなら絶対に知っておきたい!今すぐチェック!!なんて情報はありません。

私にはきっとずっと理解できないこと。

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こんにちは。ナデッチです。

 

南インドに住んでいます。

今は夏です。お子達夏休み。

 

日本のような、ラジオ体操もないし、

(その代りといってはなんですが、自発的に皆

グラウンドや公園などの広場を早朝ウォーキングしている人が多いです。)

 

(で、そのあとで砂糖たっぷりのチャイを飲んで、

「おっかしいわね。痩せないわ。」って言うっていうね。。。)

 

 

アメリカのようなサマーキャンプも、

なぜか4月の頭だけで、4月後半〜5月は、

何もありません。

 

皆、旅行に行くとか、実家に帰省するとか、

割り切って、家にいるか、、、、

 

(子供は休みでも、大人は休みじゃないからね)

 

そんな南インドのここに、住んでみて初めてわかった感覚があります。

 

『カースト』

 

 

こんなの、小学校や中学校の歴史、高校の世界史の授業で習ったし、

どんな王朝があったとか、どんなカーストがあるかとか、

テストにも出たし、名前は知ってたんです。

 

でも、実際こればっかりは、

住んで目にしてみないと、わからないと思いました。

 

なんていうか、とにかく

 

『超不条理。』

 

 

 

ヒンドゥー教徒の上位カーストの人々が

絶対的になくては困ったのが下位カーストだから、

 

なんていうか

「(お前の位と人生は、)そういうもんなんだよ。」と、

下位の人の闘争心とか、それって不平等じゃ、って気持ちを

すべて払拭して、

『ただ素直に、現世で功徳を積みなさい』

(で、来世で今よりも、ちょびっといいカーストになれるようにね)

ってことだけ考えさせるようにする仕組み

 

、、、、だと私は思っています。

 

 

だって、お金持ちのカースト上位の人、

やっぱ、お掃除メイドとか、安く使いたい!って感じが

当たり前にあるから。

 

 

ちょっと話ズレるけど、

クリスチャンやムスリムにはカーストはあるのか。

 

聞いてみると、「ある」そうです。

でも、あるような、ないような、、、

 

『ある』と認識してこだわるのは、結婚の時。

これはヒンドゥもムスリムもクリスチャンも同じなのですが、

 

収入よりも、顔よりも、何よりも、

まずは相手のカーストが自分と同じであることが

第一優先!!

 

 

嘘みたいな話でしょう?

 

でも、こればっかりは、、、みたい。

 

 

結婚相手探すサイトも、

まずはカーストの項目。

 

 

 

カーストのこと、聞いていいのかな、いけないのかな。。

ってインドに来た頃思ってた私ですが、すぐに変わりました。

 

 

だって、人によっては

「私の名前は〇〇。カーストは〇〇よ」

 

っていう人いるから。。。

(主に最上位)

 

 

今ではヒンドゥの人は、苗字聞けばカーストがわかるように

なりました。

 

そんなカーストのこと、気になったきっかけは、

私の身近な、ある姉妹の存在です。

 

 

 

私が住んでいるこのマンションに、何人かのメイドがいます。

 

彼女たちの主な仕事は、

朝、9時に各部屋の前のゴミを回収して、外に分別して出し、

庭木に水をやり、その後、各フロアの通路をホウキで掃いて、モップがけ。

 

空き時間に、それぞれが個別に契約を結ぶお宅へ行き、

室内の掃除。

 

マンション内の掃除などで、月8000ルピー、

1件のお宅掃除が月1000〜1400ルピー。

 

合計で13000ルピー位の収入だと思います。

 

 

ある近所のお家を長い事担当してる

28〜30歳くらいの女性がいるのですが、

 

彼女の名前は「サハナ」

 

その当時、私の近所に住むムスリム家庭の

私と同世代のママさんの名前も、「サハナ」でした。

 

 

だから、

あれ?ヒンドゥーの服や化粧をしているメイドと

同じ名前なんて事あるんだ。。。?

 

と、ちょっと引っかかっていたのです。

 

 

そうしているうちに、同じマンションで働く、

その彼女よりも少し若い女性メイドとも私は知り合います。

 

名前を聞くと、

「んーっとね、ランミヤ。Ramyaかなスペルは。。。」

 

と言う彼女。

横で、事務で雇われてる別の女性が

「ラジーヤじゃなくって〜??」ってからかったのですが、

私には、その時その意味がよくわからなかったの。

 

自分で「あだ名をつけた」のかな?程度にしか

想像が及ばなかった当時の自分の横っ面張っ倒してやりたい。

 

 

あれから数年たち、

「サハナ」は結婚して、息子が生まれたが、

その8か月後に夫が急死し、妹の「ランミヤ」が

一緒に住み、助け合って生きていっている、と

ランミヤから聞きました。

 

そして、今年、

「私、結婚するの!式に来てね!絶対ね!

でもまだ近所の人には言わないでね!!」って

かなり早い段階で私に教えてくれたランミヤが

嫁ぎました。

 

 

嫁いだ、と言っても、彼女はそのままここで

働き続けてるし、姉の意見で一緒の部屋に暮らさなくなったけど、

アパートの隣同士、みたいな距離で暮らしてるのだそうです。

 

 

近所の婆と、ランミヤの結婚式前の

「メヘンディ(を新婦に施しつつ新婦の独身最後を祝う会)」に

行く行かないで話した時に知ったのですが、

 

 

彼女たちは、元はムスリムだったのだそうです。

 

 

 

ある日いきなり、彼女たちのお父さんが

「ヒンドゥーになれば、自分たちはいつかは救われる」と

思ったらしく、イキナリ改宗。

 

お父さんが改宗=一家みんなで改宗、ということを意味します。

 

そして、他宗教からのヒンドゥ教への改宗は、

今生きてる現世は、カーストの最下位からスタート、

ということでもあるのです。。。

 

 

だから、お父さんも、彼女たちも、サハナの息子も、

死ぬまでずーーーーーーーーーーーっと、

お掃除をしなくてはいけないんです。

仕事のランクみたいなのが、上がることはないんです。

 

 

でも、毎日すごく眩しい笑顔で、

嫌な顔一つせずに掃除をし続ける彼女たち見てると、

 

お父さんが改宗の決断をしなければ、

彼女たちだって、こんなことしなくて済んだんじゃないか

 

って(私が)思ってしまう時、やっぱあります。

 

 

改宗したとまだ知らなかった頃、ランミヤに

「私、あなたのとこで働きたい。

こんな掃除じゃなくって、ミシン使って縫ったり、

そういう事したいな。。。」

 

って、言われた事があるんです。

でも、それって、叶わないって知ってて言ってきたのかと思うと

胸チクってなります。

 

 

 

 

もう一つ、

私に、あるムスリムの友達夫婦がいるのですが、

 

旦那さんの方が、ある日私に教えてくれました。

「ヒンドゥーだったんだけど、ずっと、神とは何か

疑問だったんだ。そしていろいろな宗教、教えを調べていくうち、

自分の答えはアッラーだった。だから自分はムスリムに改宗したんだ。」

 

 

そう、彼は数ヶ月そういう施設で集中してトレーニングを受け、

勉強をし、コーランを読み学び、

ムスリムになったのです。

 

彼はムスリムネームを普段名乗っていますが、

でも免許証、個人納税番号カード、IDなどは、

本名のヒンドゥネームのまま。

 

その彼の名字と、

 

ランミヤの結婚相手の名字は、

同じでした。。。。

 

 

 

 

宗教を、カーストで左右され、可能性を信じて改宗したり、

宗教に助けを求めて改宗したり、

 

 

私、絶対彼らの選択に口出しできないわ。

と強く思ったのでした。

 

 

こんな東のはずれの小さな国の、

しかも無宗教なのか多宗教なのかはっきりしない、

しかも仏教にはヒンドゥーの神もいるし、

(しかも日本の神と合体して名を変えた神とかまでいるし)

(クリスマスも祝っちゃうし)

 

もう理解不能であろうジャパニーズの一人である私や子供たちを

1個人として尊重して扱ってくれるインドの人々、ありがたいです。

 

私も、宗教、カースト、見た目で

人を隔てることなく、これからも自然に接していきたいと

思っています。

 

 

 

あ、なんか真面目なこと書けた。

 

 

ではではこの辺で。

今日も読んでくれてありがとう!